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1-00 薄青の朝

「人は一緒に働くのだ」、
私は心底から彼に言った、
「一緒に働こうと、別々にだろうと」。

―――『一叢の花』
フロスト


――
その少女の家は、海へと続くゆるやかな坂道のはじまりに建っていた。
好立地で大きな敷地、大きな庭、大きなテラスと、構造からして見るからに金持ちの住まいだったが、出入りする者は派手に着飾るようなことはせず、近隣住民とも仲睦まじく、粛々と暮らしているようだった。
「昨晩の急な雨には驚かされましたが、今朝はすっかり晴れたようで安心致しました」
使用人らしき老人が窓の外の様子を見、英語を繰りながらほっと息をついている。坂道の終わりのあたりで小さく顔を覗かせる穏やかな海に、雲の隙間から差した光の柱が降り注いでいるさまが見えた。彩度の薄い、薄青の朝だ。
「ええ」
制服姿の少女は、水彩画のように幻想的で美しい窓の外の風景を眺めながらたった一言、そう短く応じた。
「お嬢様がお出になる頃には、すっかり路面も乾いていることでしょう。お召し物が泥濘で汚れてしまっては、大切な節目が台無しになってしまいますからね」
嘆かわしいと言わんばかりに使用人は首を振るが、少女は肩をすくめた。
「そうかしら。初めはワイシャツについた小さなインクの染みでさえ気にかかるかもしれないけれど、シャツの糊が取れてくたびれる頃には、きっと靴もスカートも、砂や埃で汚れてしまうでしょう。制服って、そういうものではなくて?」
少女は真新しい制服に身を包んだ自分の姿を大きな鏡で確認しつつ、小首を傾げた。
「如何にも。それでも、なるべく汚れたり皺がつかないよう毎日手入れすることが、私の務めでございます」
「ありがとう、爺や。爺やが居てくれるなら私、きっと砂場で幅跳びだって出来るわ」
「それは…ご勘弁を。どんなに爺が手をかけても、細かな砂ともなると落とせません」
「冗談よ。そろそろ行きましょうか」
少女は真新しく傷一つない学生鞄を手に取ると、使用人に促した。
「…素敵ね」
少女は柳のようなほっそりとした腕を薄青の空へと伸ばし、光の柱のたもとに現れた虹のラインを指先でなぞりながら零した。