遠い昔、私は「水の宇宙を見るための観測所」で、巨大なレンズ越しに濃紺の海と内で光る星々を見た。時折くすくす笑うように煌めいたり、寂しげに潤んだり、"それら"は水の宇宙の中を揺蕩っていた。
「あれがaster、こちらがleviaというんだ」
呼び名を知らない私に、同行者がそのスペルを添えて伝えた。
アステル、レヴィア、アステル、レヴィア―――
正しい発音を忘れてしまった私は、帰路で単語列をなぞり、愚直に正しいかも分からない名前を繰り返し口にした―――
その後の私は何の導きか、水の宇宙の調査活動に没頭することになる。水の宇宙を成す液体の組成、その辿った歴史、アステルやレヴィアと呼ばれる星々のこと、それらを結んだ星座のことなど、さまざまに調べて回った。
我流もいいところで、師など当然居ない。水の宇宙を好む者など、我々の世界では奇特だったからだ。
そうして調査にのめり込んでいたある日、私は水の宇宙の中に佇む一人の美しい少年の姿を見た。今となっては珍しい、二足歩行の少年だ。
「君、僕のことが分かるんだ」
少年は奥ゆかしい笑みを湛えて此方に語りかけてきた。
「ということは、さ。僕が半分竜で、あちらで油を売っている男が竜でないと判別できるだけの材料を、君は持っているということになるね」
どういうことか分かるかい、と少年の銀笛のように透き通った声が鳴る。
「君は、僕や、僕でない星の子の姿をはっきりと判別できる。アステルの個々の存在証明を済ませているから、僕のことを僕であると説明できる」
続けて、
「成程つまりは君があの館の蝋人形師なのだね」
と言い残して、ぱちっ、と火花が弾けるように、彼の輪郭は深い青の中に消えていった。
彼の言葉の意味を確かめるため、そして彼らの存在を証明するため、私は今も休むことなく水宙星物の観測を続けている。
(蝋人形師のファンタズマ)